Courio-City 公式ブログ

月: 2015年12月

100%ノンフィクションロードムービー第2弾!「魚が飛んだ日」

若き日の植木等はジャズギタリストだった。
二枚目だった彼に、ある日「スーダラ節をやらないか?」との話が舞い込んだ。悩んだ末に浄土真宗の僧侶でもある父親に相談したところ、
「……スバラシイ!分かっちゃいるけどやめられないという歌詞は、親鸞の教えにもつながる!!」
と背中を押されたという。

ツール・ド・東伊豆から2年。
あれはしんどかった。個人的にはトラックレーサーで参加したこともあり、ゴール後はもう二度とやりたくないと思った。ホッピーの「ロードレースにピストで参加するなんてバカですよ。」の言葉がリアルな教訓として残った。

しかし、人間とはなぜ同じ過ちを繰り返してしまうのだろうか。
今回のツール・ド・西伊豆にも、普段業務で乗っているトラックレーサーで参加することにした。
「わかっちゃいるけどやめられない!」
……これは親鸞の教えにつながるのか?

今回の日程は、2日間のうち一日目に130キロを走り、二日目はもう走りたくないだろうからと予備日になった。極端だぜ!

前回「東伊豆」は、100キロを4つのステージに分けてポイントを重ねるレース形式だった。その勝負も楽しかったが、今回は順位をつけずにツーリングとして走りたいという声が多かった。
とはいえ色んなモチベーションのメンバーに応えるために、レース的な要素も入れようかとの意見も出た。
たとえば僕の案は、コースに前もってゴムボールをたくさん仕込んでおき、それを見つけるとポイントを獲得していく「DRAGONBALL RACE」とか。実をいうと僕は5年ほど前に、出田町埠頭と山下橋交差でドラゴンボールを拾ったことがある。

ドラゴンボール
(大掃除で一つ出てきた)

その時は横浜辺りの埠頭を回れば7つ全てが揃うんじゃないか?!と興奮したものだ。
でも結局そのアイディアは却下され、ツーリングだけという形になった。競いたいメンバーは勝手にやるだろうしと。
そんな流れもあり企画者のZOOから、予備日である二日目に何かレクリエーションを用意してほしいとの無茶振りを受けた。すでにみんなには「パッションカップやります。」とアナウンスがされていた。

レース数日前。
天気予報では、伊豆半島に台風が2つも直撃しそうな状況になっていた。※tenki.jpより引用
台風3兄弟 9/10/11号

レース当日。
台風11号進路図

わざわざ新幹線で宿のある下田まで行って、宿の中で酒盛りだけして帰るのはわびしい。
なんとか畳の上でも出来ることを考えなきゃなとの危機感が強くなった(この時点では、直撃するのはステム台風とZOO台風であることはまだ誰も知らない)。

海×自転車といえば、まず思い浮かぶのは「シクロクロス」。そして魚釣りも捨てがたい。
そこでこんな競技を考えてみた。砂浜のコースを自転車で走るミニシクロクロス。最後に池のゾーンを作り、縁日の釣りみたいなゲームをする。1周して1匹釣り上げる毎に1ポイント獲得で次の走者にリレー。これをエンデューロ形式で続け、最終的に漁獲高(=周回数)が多いチームが優勝となる。
魚はダンボールか何かで作ろう。これならもし宿にカンヅメになったとしても、ちょっとは海に来た気分を味わえるかな。

競技の名前は
“Fisherman’s Cyclocross”(シクロクロス漁師風)
と名付けた。
カッコイイ!……でしょ?

業務の合間に神保町の古本屋街を回った。魚の図鑑を探すためだ。昭和感あふれるイラストのやつをイメージしていた。
何軒目かに一冊の本を見つけた。江戸時代に毛筆で丹念に描かれた図鑑の復刻版。当時としてはボタニカルアート的な書物だったのだろうか。

魚図鑑

魚たちの、豆鉄砲を喰った様な目にくすぐられた。
その中に同僚ランマがいたのが決定打となった。

亀イラスト

それから魚を選んでシールの用紙にコピーし、プラダンという素材(よくビルのエレベーターの中とかを養生するために使われてる素材)に貼り合わせる。そして釣り針をひっかける為のひもを挟んだ。

競技用魚制作中

前日の夜中に、なんとかここまでの準備は出来た。
子供の頃から宿題はギリギリまでやらないタイプだった。
少しでも眠っておかなきゃな。睡眠を削りフラフラのコンディションで参加してもいいことはない(東伊豆で学習した)。
釣り竿作りの作業が残ったが、どこかでスキマの時間を見つけられるだろう。

7/18(土)一日目

朝早く起きてマシンを磨いた。

前回、トラックレーサーで「マウンテンピスト」の限界を追求したのも楽しかった。
その愛車ミドリビンカは今年に入って折れてしまい、今の商売道具はシロビンカになっている。

シロビンカ

今回、業務仕様からいじったパーツは、コグを大きいのに替えたぐらい。ギア比は47/18で2.6になった。めんどくさがりの僕にはこれが精一杯だった。
レースではギアの変速があるロードバイクの方がもちろん速いが、固定シングルギアであるピストバイクの方が疲れないんじゃないかとの考えもあった。
こんなことをいうと山の神様たちから
「おみゃー、伊豆をなめんじゃにゃー!!」
と怒られそうだ。

三島駅からのローカル電車はゴトゴトと霧の中を進む。

フタを開けてみると、山の神様たちは僕らを歓迎してくれたようだ。
明るい曇り空で、たまに霧雨が涼しくしてくれるという最高の自転車日和になった。

沼津駅前、10:30。
集まったのは、アイス、クッキー、ジャージ、ZOO、ステム、ちーくん、ノヤギ、パッションこと僕、フックんことエネゴリ、ペーター、ペヤング、社長ヤナケン、らんま、リヒト、ワイズ、……そして名古屋のデイジーメッセンジャーに嫁いだおやつと盟友しえさんが参加。総勢17人の旅になった。

沼津駅スタート

みんなは緊張感と、遠足がはじまる前のワクワクした雰囲気にあふれていた。
アイスはサドルにぶら下げたスピーカーから大音量で音楽を流している。僕は今どきの音楽は全然知らないが、ローリング・ストーンズの“Miss you”は分かった。彼らが50代目前でやっと初来日を果たした当時僕は高3で、同級生たちと卒業式の練習をサボって観に行ったものだった。親子ほど歳の離れている世代のアイスがそんな選曲をしていることに驚いたが、今思えばこの時すでに退職を決めていた彼の、何か暗示だったかな…?としみじみ考えてしまう。

アイス写真

スタート時間は押していた。修学旅行でいうと典型的なダメな班の感じである。集合写真を撮るにもままならない浮かれた一行に、ZOO低気圧が発生しはじめていた。
ペヤングは「イラZOO」と表現した(だがこれはまだZOO台風ではない)。

一本棒でスタートして間もなく、静かな沼津駅前で発砲事件が起こった!!

ステムのタイヤがパンクしたのだった。
日曜日の朝っぱらから地元のマフィアの抗争か?!と思ったぐらいの爆発音だったが、沼津には穏やかな人しかいない(気がする)。

ステムのパンク修理

ステムはチューブを換えようとしたが、リムが派手に破裂していた。これでは直しようがない。空気圧など気合いを入れて準備をしてきたのは伝わったが、彼の夏は5分で終わった。
とっておきのフレームは、もはや巨大な空き缶でしかなかった。
ステムは「一回家に帰ってバイクで出直しま~す!」とオチャラケてみせたが、爆発直後ほどの笑いは起きなかった。
みんなマシントラブルには慣れている仕事柄もあり、ドライに置いていくことにした。

荷物は各自で背負って走る覚悟だったのだが、直前になってサポートカーを出してくれた人がいた。しかも2台も。これには本当に助かった。
ステムは、運転してくれるノヤギと交代でホイールを使わせてもらうことで、このツールに復活が出来たようだ。
……だが結果をいうと、みんなに合流することはなかった。
翼をさずかったステム台風は、速度を上げ、急速に進路を外れていったのである(それがのちに嵐を巻き起こすことは、この時はまだ誰も知らない)。

道中のレポートは、みんなが文章と写真を紹介してくれたので僕は省略とする。
ホントはめんどくさいだけだ。

2台のピスト
個人的に好みの2台、シュパーブ兄弟。

フックんの魚拓

ギア比3オーバーで黙々と山道を走っていたフックんことエネゴリの魚拓。

夜。鷲山会の晩餐がビシッと始まった。

民宿の夕飯、鯛の造り

豪華な鯛の造りは、餓えた大家族の前では一匹のほっけの様なもので、あっという間にツマだけになった。
そしてちらほら宴が始まった頃、雨の降り出した宿の玄関前でしずかにZOO台風が発生していた。

ここもワイズの文章にまかせて僕は省略とする。

ZOO台風に巻き上げられ、深夜気がつくと宿から30キロ離れた場所にいた。そこは暗闇からゲコゲコと蛙の声だけが響いている川沿いの道だった。
僕たちは途方に暮れた。ファミレスなんかはありそうもない。駐車場やコンビニをさまよい、屋根のあるバス停に流れついた。

夜のバス停

小康状態に勢力を落とした小型ZOO台風は、「歩けば6時間で帰れる…」とイラZOO気味に呟いたが、今から朝まで歩き続けるなんて僕は絶対にゴメンだった。無視してここを今夜の寝ぐらと決めた。
木製のベンチに横になる。

バス停内の雀の巣

天井のツバメの巣を見上げながら、東伊豆の前日に野宿する羽目になったことがフラッシュバックした。
ああ……
おれは今回もベンチなのか……。

普通なら今ごろ旅館の座布団の様な布団や、もみがらの詰まった枕でぐっすりと眠っている筈だった。130キロを走り、宿の岩風呂に入り、鯛を2切れほど頂き、
まさかそれからベンチとはなぁ……。

短パンビーサンだった僕の脚は蚊たちの格好のご馳走になった。蚊れらにしてみたら、それこそ鯛の造りがドーンと置かれた様なもんだろう。
もうこうなったらノーガード戦法しかない。3h飲み放題、くれてやった。

そして伊豆の蚊はデカイ(気がする)。
ボリボリ、ウトウト……ガリガリ、ウトウト……。

すごい土砂降りで何度か目が覚める。
ツールの二日間のうち一番強く雨が降ったのは、ちょうどこのバス停にいた2~5時の間だった。それはついていたと言える。そして気候も生あたたかい。野宿日和だ。
まったく眠れなかったというZOOの横で、僕はイビキをかいていたらしい。

夜が明けてきた。

バス停は波の音が聞こえるほど、海まで歩いてすぐの場所だった。

ひとり、夜明けの海を散歩した。

夜明けの浜辺

思えば昨日はさんざん海岸線を走っていたのに、チラッとしか海を見る余裕はなかった。思わぬ贅沢な時間になった。
だが僕には宿題が残っている。
Fisherman’s Cyclocross用の釣り竿作りだ。おそらく宿でガーガー眠っていたらギリギリまで起きなかっただろう。はからずもこの海岸まで飛ばされたおかげでその機会が出来た。

浜辺に打ち上がる物

流木を拾っては捨てcatch & release、厳選して釣り竿を選んだ。

ZOOが遠くからトコトコと歩いてきた。

東伊豆の二日目の朝を思い出した。何人かで民宿の近くのイートインのコンビニで朝食をとっていたら 、ZOOがトコトコと歩いて通り過ぎて行った。あれ?…どこに行くんだろう?と北極と不思議に思った。
しばらくすると本人から、「だれかおれの眼鏡知りませんか?」と一斉メールが届いたので爆笑した。
いつも何か考えながら歩いている様に見える。
ついでにいうと、眼鏡は外には落とさないと思う。

海岸からすぐ隣にある公園に移動した。水道で流木を洗い、すべり台に並べて乾かす。
昨日あれだけ走っていて疲れていない訳がない。朝になれば宿から救助の車が来てくれることになっている。それまで身体を休めよう。
こんな時は、個人主義の者同士でもなんとなくつかず離れずの距離を保つのがおかしかった。特に会話もなくZOOはコンクリートのベンチで、僕は芝生で横になった。
海からの涼しい風が、二人と五本に吹きつけた。

Fishermanで使う流木

宿でみんながモゾモゾ起き出した頃。
社長ヤナケンとジャージは、朝食も食べずに車を出してくれた。

僕らはブロック塀に少し離れて座り、カップラーメンを食べながら救助を待つ。

一時間ほどして、ワゴン車が迎えに来てくれた。ザ・寝起きのジャージ王子様が顔を出してニカッとした。土偶みたいな目をしていた。
宿までの道は、山道にしろ海岸線にしろ、くねくねと激しいルートしかない。
こんな道を、しかも真っ暗な中30キロ歩いていたら……と考えるとゾッとした。おそらく今頃は南伊豆の野に咲く花となっていただろう。
夜中にタクシーを呼ぶという選択肢もあったが、やはり朝まで動かなくて良かった。片道だけで一時間以上ガタゴト揺られ、吐きそうにもなった。もしタクシーに乗っていたら後部座席を血だらけにして、運転手さんに怖い話を提供することになっていたと思う。
寝起きに往復してくれたヤナケン、ジャージ両氏に感謝です。

宿に着くとみんなはもう朝食を食べ終わっていて、畳の大部屋でまどろんでいた。
そして昨夜起こった出来事を聞きたいけど聞いていいのか分からないという空気が漂っている(笑)。

旅館の布団で眠ることは出来ずじまいだったが、旅館の朝ごはんが待っていた。アジの干物を焼いたメニューだった。定番の包装されたのりもあった。
ZOOの席には大好物の紙パックのコーヒー牛乳が用意されていた。元気づける為におやしえ*が買って来てくれたらしい。
ZOOはこの二日間で一番のハニカミ笑顔になった。
*おやつ。としえさんのこと。

好き嫌いの激しいZOOはコーヒー牛乳だけを飲んで朝風呂に行った。
それをいいことに、僕はアジの干物をつつきながらみんなに昨夜のことを報告した。彼こそがサカナだった。100%ノンフィクションである(つーてもこのレポートには50%にしといてやっただがね)。
みんなは寝ぼけた目を輝かせてゲラゲラ笑って聞いてくれた。ほんとにかわいいメンバーだと思った。しえさんは正座して膝の上にハンドタオルをのせて微笑んでいた(気がする)。その横でおやつは大の字に寝転んでいた。おやつはそれでいい。

7/19(日)

快晴になった。
二日目は時間のしばりは無く、寄り道しつつ最終的に下田駅に辿り着けばいいというアバウトな感じだった。

宿から5キロほど自転車で走ると海に出た。
龍宮窟という岩場がある。こんな場所があるのか!とビックリする名所だ。

龍宮窟でのワンシーンその1

一日目の山岳コースで水に飢えていたのか、みんな少年のようにはしゃいだ。

龍宮窟でのワンシーンその2姫サザエ龍宮窟でのワンシーンその3

となりの田牛(とうじ)海水浴場&サンドスキー場でも暴れまくった。

岸壁飛び込み大会

岩場から次々に飛び込む少年中年たちを見ながら、もうこれがツール・ド・西伊豆の最終ステージでもいいなと思っていた。
……だが、また「イラZOO」の発生する気配を感じた。僕は少々ビビった。

少し下田方面に進むと、吉佐美大浜海水浴場という砂浜に出た。このツールで、初めての(みんなで行く)砂浜だった。
このツールでスゴイというかヒドイことは、誰ひとりとしてどこも下見をしていないということだ(苦笑)。その場での判断力が試される。
ちょうどいい場所がなければお蔵入りでもいいかなとも考えかけていたが、ここでやることにした。

Fisherman’s Cyclocross!

事前にZOOは、「自転車で砂浜を走るのは(サビを)いやがる人もいるでしょうね。おれは自分の自転車では走らないですね。」と言っていた。…ツメタイ。
実際、「自転車持って降りてきて~。」と言うと、リヒトなんかは露骨に「ロードでこんなとこ走りたくねえよ…。」とブツクサ言いやがった。
コノヤロ~と思ったが、無理もない。でも何人かは自転車を浜に持ち込んできてくれた。

Fisherman Cycrocross ルール説明

くじで3人×4つの漁師チームに分かれた。

  • アイス→ジャージ→クッキー
  • リヒト→ワイズ→ノヤギ
  • ペヤング→フックん→らんま
  • ステム→ペーター→ヤナケン

それぞれの第一走者がビーチフラッグのスタートの姿勢でスタンバイ。
おやつのアレンジで?随分と遠くからのスタートになっていてビックリした。
スターターをつとめてくれたおやしえが棒を振り下ろすと猛然とダッシュする4人!
水しぶきを上げて川を越え、コースに迫ってくる!!
とても絵になる。やはり勝負ごとになると燃えるメンバーだ。

Fisherman Cycrocross スタート

4台並べられた自転車から一台を担ぎ上げ、テニスコートくらいのコースをぐるっと回る。はだしのやつもいる。一周すると自転車を置き、相撲の土俵のような池のゾーンに集まる。そしてバトンを兼ねた釣り竿の糸をたらした。
走るのが速いだけじゃダメで、確実さもないと結果的に遅くなる。それはなんだか業務と似ているのもおもしろい。

Fisherman CycroCross Scene 1 Fisherman CycroCross Scene 2 Fisherman CycroCross Scene 3


なんだかんだいって、憎まれ口を叩いたリヒトが一番に吊り上げてきた!
釣り糸にぶら下がった魚がピチピチ跳ねているように見えた。
リヒトは肩で息をしながら、ワイルドな顔を恍惚と輝かせていた。

土俵に42匹いた魚は、みるみるうちに吊り上げられていく……。

正直に言うと僕はこの時、なにかカウントダウンの寂しさも感じていた。

このメンバーのおかげで最高に楽しい夏休みになった。

レース後最終カウント

こうして、この夏のツール・ド・西伊豆は終わった。

伊豆の海と緑

ひのりごと 45

いつもの普通のカレーを作る。
簡単なことだけど、作りながらいつも迷いが生じる。
美味しそうな肉の塊を炒めながら、このままカレーにせず、塩胡椒で、肉感を味わいながらビールを飲んだら美味しいんじゃないだろうか。
タマネギとにんじん、じゃがいも、いたって普通の具を炒めながら、ここにトマトとスパイスを加えて煮込んで、バスク風とか言って食べたら、いい感じなんじゃないだろうか。
そういう葛藤を乗り越えて、普通のルーを加えて出来上がったカレーは、やっぱり美味しい。
今回もおかわりした。

そういう葛藤と一緒で、いつもの普通な東京へ向かう気持ちは、「今はここに行きたい、あれが見たい。」と、目の前にある山やキャンプと楽しいことへと気が向かい、引っ越してから一度も帰京する事無く、一年半が経ってしまった。

そんな私もそろそろと、先月初めて帰京した。
いざ、行くとなると、あれこれ行きたい場所が思い浮かぶ。
銀座のコロッケパン、芝の天丼、有楽町のナポリタンだって食べたい。

会いたい人は…
たくさんいすぎて、3日間の短い時間で、どう予定を立てるべきか分からなくなって、考えるのを途中で止めた。
メッセンジャーなら街を歩けば会えるだろう。

東京滞在2日目。
赤坂から有楽町を目指して歩いていた。
地下鉄に乗らなければ、景色も見られるし、誰かに会えるかもしれない。
途中、溜池交差点の一角にあったビルが、ごっそりと無くなっているのに驚いたり、このビルはそのままなんだなと思ったりしながら、ふらふらすたすた歩いていた。
あるビルの前まで来て、クリオのメッセンジャー、Pさんにメールした。
「どこどこビルなう。」
いつも出入りしていたビルだったから、もしかしたらなと思ってメールすると、「5分で会いに行くぜ。」と返ってきた。次の行き先がこのビルだったらしい。
正面口と通用口のどちらで待つか少し迷ったけど、いつもの通用口で待っていると彼が現れた。
予め、帰京のメールはしていたから、大きな驚きはなかったけど、やっぱりうれしかった。
うれしさのまま、ぺちゃくちゃしゃべっていると、通用口からもう一人メッセンジャーが出てきた。
おーーー!!!
出てきたのは、クリオのふっくんだった。
いつも横浜を走っているはずの彼が、目の前にいて、北国にいるはずのわたしが目の前にいる。それがおかしくて、やっぱりうれしい。
興奮気味にツーショットを撮ってもらった。
肩にしっかりと回してくれたと思っていた手は、後から写真を見返すと、おそるおそる触れるか触れないかのところで止まっていた。それに気づいたのは、夕方に会ったクリオの重鎮、Kちゃんだった。そんな流れすらいつも通りだ。

いつものビルで、いつもの人達と会えるこのうれしさは何だろうか。
メッセンジャーとして走っていた時も、街で同僚や同業他社のメッセンジャーと会う時はいつもうれしくて高揚した。
あまり興奮を表に出さない性格なので、そう見えなかったかもしれないけど、そういう瞬間はいつも心の中はひゃっほーーー!と高ぶっていた。

約束していなくても会える、その偶然がすごくうれしい。
久しぶりに、そんなメッセンジャーのいつもの感覚を味わた。

いつものカレーみたいに、何だかんだ美味しくておかわりしたくなった。またすぐに東京に行きたいなと思った。
でも、この感覚を大切にとっておきたいような気持ちでもいる。

今、テレビで豪雨で東京駅近くが冠水したとニュースが流れていた。映し出される、和田倉門付近の道路。
つい、走るメッセンジャーを探してしまう。

次の東京はいつだろうか。